ぞっとしてほっとする
2022.08.02
コラム「四季の風」
◆夜、ほんの少し開いた戸の、その隙間に背筋が寒くなる。小野不由美氏による『営繕かるかや怪異譚』シリーズは、夏に読みたいホラー小説だ。古い家で起こる奇妙な現象を描いた連作短編で、ホラー小説ながらノスタルジックでもあり、人ならざるものへの愛情に似た眼差しも感じられる。
◆何度閉めても開いている奥座敷の襖。雨の日、袋小路に現れる黒い和服の女。屋根裏部屋に浮かぶ黒い人影。些細な障りは、人々の生活へ静かに忍び寄り、やがて心を蝕んでいく。
◆どの話にも共通して登場するのは、営繕屋の尾端という男性だ。尾端はだいたい物語の中盤から終盤で登場し、特別な力は一切使わず、家屋の修繕という現実的な手段でもって問題を解決する。怪異を強引に退けず、人の心も、人ならざる者の存在も疎かにしない彼の姿勢は、普通のホラーとは一味違う、怖いのに優しい、不思議な読後感を生み出す。
◆家屋などの建物は人の手入れが欠かせない。使うのが人ならば、大切にしていけるのもまた人でしかない。建物も、そこで生まれる人との繋がりも大事にしたくなる、これはそんな物語だ。(S)